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2009.9.23


日本人は心に『富士』を持つ国民、と言われます。
都民にとって、富士を『東京タワー』に置き換える事ができないでしょうか?
(修辞疑問文、回答不要)
京葉道路を上ると、幕張本郷の跨線橋から、
晴れた日には、かすかに東京タワーが望めます。
そんな時、パパサンは少し得した気分です。
七時のニュースで、お天気お姉さんの後ろの東京タワーを
毎晩楽しみにしているお父さんも少なくないでしょう。
《楽しみは“お天気お姉さん”ですって?(-_-;)》

芝公園で東京タワーを見上げながら、
まきママ曰く「まだ使ってるの?」。
「!?」。
「だって新しいの出来るんでしょ?」。(修辞疑問文)
そこで一行は押上へと向かったのでありました。
それは電波塔と言うより、さながらバベルの塔です。
雲を突き抜けどこまでも高みに上って行きます。


2009.9.10

教訓パートU

『気球連隊』で思い出したことがあります。
千葉公園の事務所の敷地に不思議な土管があります。
樹木に覆われた地味なロケーションなので見逃しがちですが、
よく見ると、確かに曰くありげな土管です。

で、正面に回ってみると、どう見てもトンネルです。
看板を見ると、陸軍の鉄道連隊の施設だったようです。
ここで演習した兵士が満州に出征して行ったそうです。
兵士たちの多くは大陸の土になったのでしょう。
任務を終えたこの演習用のトンネルは、
公園を訪れる人に気づかれることもなく、
職員駐車場の片隅で静かに眠っています。


2009.8.29

お  城

平安末期〜鎌倉時代〜戦国時代に千葉を勢力圏とした千葉氏。
桓武天皇を祖とする坂東平氏の流れを汲みます。
市街地を都川沿いに東西に走る台地に館を構えたそうです。
今、この台地の殆どは千葉大医学部の敷地になっています。
(千葉大医学部と言えば、あの“白い巨塔”ですね。)
その台地の西の端に、市立郷土博物館があります。
現在の千葉城ですが、地元の人は亥鼻城と呼びます。
ただ、当時はこんな立派なお城では無かったそうです。

入館料は60円。流石、市立です。
最上階に上ると、お殿様の気分が味わえます(^_^)v


2009.8.25

教  訓

パパサンの会社の近くに大きな倉庫が有ります。
よく見ると、不思議な形をしています。
大戦中には『気球連隊』と言う陸軍の基地だったそうです。
そう言えば、飛行船がきっちり収まる形ですね。

敵は大きな鉄の飛行機でやって来るのに、
風船飛ばしたって勝てるわきゃ無い。
ま、勝ち負けの問題ではありませんが・・
今も倉庫として活躍する大戦の名残に
歴史の教訓を見ることにしましょう。


2009.8.16

親子三代

ナリコーのお母さんからお誘いで、
パパサンとまきは『親子三代夏祭り』に出かけました。
♪千葉の名物、祭りと踊り・・・♪

踊り疲れて耳をすますと、
公園の植え込みではコオロギが・・・♪
もうすぐ秋・・・夏休みも終わりです。


2009.8.15

パパサンの海

民宿ダイアモンドヘッドの勝爺は「自分の海を持て」と言いました。
パパサン一家は、この日、パパサンの海にやって来ました。
お盆休みの週末で、浜辺は賑わっていました。
でも二軒あった海の家はもうありません。
掘っ立て小屋に板の間にゴザ敷きなんて、最早はやらないんでしょう。
日差しは強いけれど、空は抜けるように青く、秋の気配でした。
《追記》勝爺の言った「自分の海」とは『自分の生き方』と言う意味かな、と思う今日この頃です。


2009.8.13

夏 休 み

中央道下り・釈迦堂PAは、高速から下りずに、遺跡博物館に通じます。
道路建設中に、縄文〜平安時代の遺跡群が発掘されました。
この辺りは昔から住みよい所なのでしょう。

身延は日蓮上人、入滅の聖地です。
今夏は、ノリピーの逃避行で話題になりました。
家族思い(?)の清純派が、愛息を残して留置場暮らし。
まさに「堕ちた偶像」となりました。

ここで問題。
千葉出身の偉人と言えば?
ボーの解答「長嶋監督!」。
一応、正解は「日蓮上人」と言うことで(-_-;)


2009.7.26

市民まつり

梅雨も明けて、今日は船橋市民まつり。
子供会はパレードに参加しました。
ワッショイ!ワショイ!
暑さなんかに負けないぞ!
でも、ちょっと暑い(@_@)


2009.6.6

ライブ

“まき”を孫同様にかわいがってくれる杉野夫妻。
催事には必ず駆けつけてくれる藤城・児島兄。
全く、親戚よりも親戚みたいです。
両バンドのライブとあってパパサンは、
ヤエ先輩&ノムサンと応援に出かけたのでした。


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